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妄言多謝とは?意味・使い方と手紙の結びに用いられた由来を解説

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「妄言多謝」は「もうげんたしゃ」と読み、自分の意見を率直に述べた後で、「勝手なことを申し上げて申し訳ありません」と深くわびる四字熟語です。

相手を強く非難する言葉ではなく、自分の発言を「妄言」と呼んでへりくだる謙遜と謝罪の表現です。

主に手紙の末尾へ書き添えられた言葉で、特定の歴史人物や出来事から生まれた故事成語ではありません。

ここでは、妄言多謝の意味や使い方に加え、「妄言」と「多謝」の成り立ち、大正時代の文学作品に見られる使用例について解説します。

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「妄言多謝」の意味・読み方・使い方

「妄言多謝」は、自分の言葉が独断的であったり、言い過ぎであったりしたかもしれないことを深くわびる表現です。

読み方と意味

読み方は「もうげんたしゃ」です。

辞書によっては「ぼうげんたしゃ」という読み方も掲載されていますが、一般的には「もうげんたしゃ」と読みます。

それぞれの言葉には、次の意味があります。

・妄言:根拠の乏しい言葉や、みだりに述べた言葉

・多謝:深くわびること、丁寧に謝罪すること

文字どおりに解釈すると、「勝手な言葉を述べたことを深くおわびします」という意味になります。

ただし、「妄言」が本当にでたらめだったと認めているとは限りません。

自分の意見を「妄言」と低く表現することにより、相手への敬意を示す謙譲の意味も含まれています。

手紙の末尾で使われる言葉

妄言多謝は、自分の考えや批判を遠慮せずに書いた手紙の末尾へ添えるのが本来の使い方です。

例えば、相手の考えに反対する意見を長く述べた後、最後に「妄言多謝」と記します。

これによって、「率直に書きましたが、失礼があればお許しください」という気持ちを短い言葉で伝えられます。

妄言多謝の例文

・以上、私の考えを率直に申し述べました。妄言多謝。

・僭越ながら、今回の方針について私見を記しました。妄言多謝。

・長々と勝手な意見を書き連ねましたこと、どうかお許しください。妄言多謝。

・あえて厳しい意見を述べましたが、貴殿を非難する意図はありません。妄言多謝。

現代で使うときの注意点

妄言多謝は、現在の日常会話や一般的なビジネスメールでは、ほとんど使われない古風な表現です。

相手が意味を知らない場合は、謝罪の気持ちが正しく伝わらない可能性があります。

現代の文章では、次のように言い換えた方が分かりやすいでしょう。

・率直な意見となりましたことをご容赦ください。

・失礼な表現がありましたら、おわび申し上げます。

・僭越ながら、私見を述べさせていただきました。

・言葉が過ぎましたことを深くおわび申し上げます。

また、実際に相手を傷つけたり迷惑をかけたりした場合は、「妄言多謝」と書くだけでは十分な謝罪になりません。

何について謝罪するのかを具体的に説明し、誠実な言葉でわびる必要があります。

「妄言」が表す二つの意味

「妄言」は、もともと「根拠もなく、みだりに述べる言葉」を意味します。

「妄」には、でたらめ、真実ではない、慎みがないという意味があります。

そのため、他人の発言を「妄言」と呼ぶと、「根拠のないでたらめな発言」という強い批判になります。

一方、自分の発言に対して使う場合は意味合いが変わります。

自分の言葉を「取るに足りない意見」「勝手な考え」と低く表現し、相手に対してへりくだる言葉になります。

妄言多謝の「妄言」は、後者の謙遜した意味です。

「私の意見はでたらめでした」と事実関係を否定しているのではなく、「私のような者が勝手な意見を述べました」と控えめに表現しています。

このように、誰の言葉を指しているかによって、「妄言」の印象は大きく異なります。

「多謝」には感謝と謝罪の意味がある

「多謝」は「たしゃ」と読み、古くから漢文や書簡で使われてきた言葉です。

「多謝」には、大きく分けて次の二つの意味があります。

・厚く礼を述べること

・深くわびること

現在の「謝」という漢字にも、「感謝」のように礼を述べる意味と、「謝罪」のようにあやまる意味があります。

そのため、「ご厚情に多謝する」と書けば、深く感謝するという意味です。

一方、「妄言多謝」では、失礼な発言を深くわびるという意味になります。

多謝だけでは感謝と謝罪のどちらを表すのか分かりにくいことがありますが、前に置かれた言葉によって判断できます。

妄言多謝の場合は、「妄言を深く謝する」という組み合わせであるため、謝罪の意味になります。

妄言多謝には特定の故事や原典が確認されていない

中国の歴史や人物に由来する四字熟語には、物語の根拠となる古典が存在することがあります。

しかし、妄言多謝については、現在確認できる主要な辞書に特定の故事や原典は示されていません。

「妄言」や「多謝」は中国の古典に関係する漢語ですが、「妄言多謝」という四字の形が、特定の中国古典の一節からそのまま生まれたとは確認できません。

したがって、実在の人物が失言して謝罪したというような物語を由来として紹介するのは適切ではありません。

妄言多謝は、漢語を組み合わせて作られた書簡上の謙譲表現と考えるのが自然です。

当時の手紙では、自分の文章や意見を低く表現し、相手への無礼をわびる言葉が数多く使われていました。

妄言多謝も、そうした手紙文化の中で用いられるようになった表現とみられます。

ただし、誰が最初に四字へ整えたのか、正確にいつ成立したのかは明らかになっていません。

葛西善蔵の『奇病患者』に見られる妄言多謝

『精選版 日本国語大辞典』は、妄言多謝の初出例として、葛西善蔵の小説『奇病患者』を挙げています。

『奇病患者』は1917年に発表された作品です。

作品中では、登場人物が知人へ宛てた手紙の中で、社会や人々に対する厳しい考えを述べています。

手紙を書いた人物は、自分の話が無駄で言い過ぎだったかもしれないとして、相手に許しを求めます。

そのうえで、相手を苦しめている人々について強い言葉で批判し、手紙を「妄言多謝」と結んでいます。

ここでの妄言多謝は、単なる形式的な挨拶ではありません。

書き手が厳しい意見を十分に述べた後で、「勝手なことを言った失礼をわびる」という役割を果たしています。

作品中の使い方からも、妄言多謝が率直な発言や批判の後へ添えられる言葉だったことが分かります。

ただし、辞書に掲載された「初出の実例」は、その辞書が確認した中での早い用例です。

葛西善蔵が妄言多謝を作ったという意味ではなく、1917年以前から使われていた可能性もあります。

少なくとも大正時代には、意味が通じる書簡表現として使用されていたと考えられます。

手紙の結びに込められた謙遜の文化

かつての手紙では、自分の文章や考えを控えめに表現する言葉が数多く使われました。

自分の意見をそのまま押しつけるのではなく、最後にへりくだった言葉を添えることで、相手への敬意を示したのです。

妄言多謝も、次の二つの働きを持っていました。

・自分の発言や文章を「妄言」と低く表現する

・率直に述べたことによる失礼を「多謝」でわびる

つまり、内容をすべて撤回する言葉ではなく、意見を述べたうえで相手との関係を損なわないようにする表現でした。

短い四字の中に、自己主張と謙遜という一見相反する姿勢が組み込まれています。

現代では古めかしく感じられますが、当時の手紙における礼儀や人間関係への配慮が分かる言葉です。

妄言多謝と似た四字熟語

妄言多謝には、手紙や批評の末尾で無礼をわびる似た表現があります。

暴言多罪

「暴言多罪」は「ぼうげんたざい」と読み、乱暴で失礼な言葉を使ったことを深くわびる表現です。

妄言多謝よりも、「言葉が乱暴だった」「相手に対して無礼だった」という意味が強くなります。

妄評多罪

「妄評多罪」は「もうひょうたざい」と読み、見当違いで無礼な批評をしたことをわびる表現です。

他人の文章や作品を批評した後に、自分の評価をへりくだっていう場合に使われます。

妄言多謝が意見や発言全般に使えるのに対して、妄評多罪は批評に対象が限られる点が違います。

妄言多謝についてのFAQ

妄言多謝は実際の歴史上の出来事から生まれた言葉ですか?

特定の歴史人物や出来事を由来とする故事は確認されていません。

「妄言」と「多謝」を組み合わせた書簡上の表現と考えられますが、正確な成立時期や考案者は明らかになっていません。

「ぼうげんたしゃ」と読んでも間違いではありませんか?

一部の辞書では「ぼうげんたしゃ」という読み方も掲載されています。

ただし、一般的な読み方は「もうげんたしゃ」です。

「暴言多罪」の「暴言」は「ぼうげん」と読むため、混同しないようにしましょう。

妄言多謝は中国の四字熟語ですか?

「妄言」と「多謝」は中国古典にも関係する漢語ですが、「妄言多謝」という四字の形を特定の中国古典に直接さかのぼらせる資料は確認されていません。

日本の書簡で使われてきた謙譲表現として理解するのが適切です。

現代のビジネスメールでも使えますか?

使用すること自体は可能ですが、古風で意味が伝わりにくい表現です。

通常のビジネスメールでは、「率直な意見となりましたことをご容赦ください」など、具体的な言葉へ置き換えた方が誤解を防げます。

まとめ

妄言多謝は「もうげんたしゃ」と読み、自分の意見を率直に述べた後、その言葉が行き過ぎていたかもしれないことを深くわびる四字熟語です。

「妄言」には自分の言葉を低くいう謙遜、「多謝」には深く謝罪する意味があります。

特定の故事や明確な原典は確認されていませんが、1917年の葛西善蔵『奇病患者』には、厳しい意見を書いた手紙を「妄言多謝」で結ぶ例が見られます。

現在ではあまり使われないものの、昔の手紙における謙遜や相手への配慮を伝える言葉として残っています。

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