「面従腹背」は「めんじゅうふくはい」と読み、相手の前では従うふりをしながら、内心では反発していることを表す四字熟語です。
表向きの態度と本心が食い違う様子を指す、否定的な響きのある言葉です。
古代中国の『書経』には似た考え方が見られますが、「面従腹背」の四字がそのまま記されているわけではありません。
その違いをたどると、この言葉が何を戒めているのか、よりはっきり分かります。
「面従腹背」の意味・読み方・使い方
読み方と意味
読み方は「めんじゅうふくはい」です。
「面従」は目の前では従うこと、「腹背」は腹の中では背くことを表します。
上司や権力のある人に従順な態度を見せても、心の中ではその意見や方針に反対しているような場合に使います。
単に反対意見を持っているだけではなく、「表向きは従うように見せている」という点が大切です。
相手の本心は外から決めつけられないため、実際の人物を評する際には慎重に使いましょう。
「面従腹背」を使った例文
・会議では全員が賛成したように見えたが、実際には面従腹背の人もいた。
・部下が面従腹背にならないよう、異論を伝えられる場を設けた。
・彼は方針に疑問を抱きながらも、面従腹背の態度を続けていた。
『書経』に見える「面従後言」という戒め
舜が家臣に求めたのは、面前での進言
『書経』の「益稷(えきしょく)」篇には、帝の舜(しゅん)が禹(う)らに語る場面があります。
舜は家臣を自分の手足や目・耳にたとえ、政治を支える役割を託します。
そのうえで、自分に誤りがあれば助け正してほしいと求め、次のように述べます。
「汝無面従、退有後言」
目の前では従い、退出してから陰で批判するようなことはしないでほしい、という趣旨です。
ここで問題とされているのは、単に批判することではありません。
意見を言うべき場で黙って賛同し、後から別のことを言う態度です。
舜と禹のやり取りは『書経』に記された物語として読む必要があり、この会話が史実としてそのまま行われたと確かめられるわけではありません。
「面従後言」と「面従腹背」は同じ言葉ではない
『書経』の一節に基づく「面従後言(めんじゅうこうげん)」は、面前では従い、退いてから批判することを表します。
一方、「面従腹背」が注目するのは、表向きの服従と内心の反発です。
「後言」は後から口にする言葉を指しますが、「腹背」は言葉に出さない心の中の反発も含みます。
したがって、『書経』に「面従腹背」という四字熟語がそのまま登場すると説明するのは正確ではありません。
「面従腹背」はいつから使われたのか
古くからあった「面従腹誹」
『書経』に近い考え方が見られる一方、現在の四字の形が古代中国からそのまま伝わったとは言い切れません。
小学館の『四字熟語を知る辞典』によると、「面従腹背」が一般化したのは戦後で、それ以前には「面従腹非」「面従腹誹(めんじゅうふくひ)」という表現が使われていました。
「誹」はそしる、つまり人を悪く言うことです。
「面従腹誹」なら、目の前では従いながら心の中で相手を非難する、という字面になります。
似た言葉の存在から「面従腹背」の成立過程を考えることはできますが、どの表現がどの順番で混ざって現在の形になったのかは、確定した事実として扱えません。
辞典で確認できる戦後の用例
『精選版 日本国語大辞典』は、「面従腹背」の用例として中野好夫の1946年の著作を挙げています。
また、『四字熟語を知る辞典』には、森田草平の1947年の文章で使われた例も掲載されています。
これらは少なくとも戦後初期にこの形が使われていたことを示しますが、中野好夫が言葉を作ったという意味ではありません。
古代の一節が伝える「目の前では従い、後から異を唱えるな」という戒めと、戦後に広まった「面従腹背」という日本語の形は、分けて理解すると由来を取り違えずに済みます。
まとめ
「面従腹背」は、相手の前では従うふりをしながら、内心では反発することを意味します。
『書経』の「益稷」篇には、面前で従って後から批判する態度を戒める一節がありますが、「面従腹背」の四字そのものは出てきません。
現在の形は戦後初期の用例が確認でき、辞典では戦後に一般化した日本語と説明されています。
古い思想と、現在使われる四字熟語の成立時期を区別しておくことが、この言葉の由来を理解する鍵です。

