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覆水盆に返らずの意味とは?太公望の由来と朱買臣説の違いを解説

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「覆水盆に返らず」は、「ふくすいぼんにかえらず」と読み、一度してしまったことは元に戻せないという意味で使われる故事成語です。

もともとは、別れた夫婦が再び元の関係に戻ることの難しさを、器からこぼれた水にたとえた言葉でした。

由来としてよく知られているのは、古代中国で周の建国を助けたとされる呂尚(りょしょう)、いわゆる太公望と妻の馬氏の物語です。

しかし、似た話が前漢の朱買臣(しゅばいしん)の逸話として伝えられるほか、原典についても『拾遺記』と『野客叢書』の二つの書名が挙げられることがあります。

ここでは、「覆水盆に返らず」の意味や使い方に加え、太公望の故事、原典に見える表現、朱買臣の話との違いを、史実と後世の伝承に分けて解説します。

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「覆水盆に返らず」の意味・読み方・使い方

「覆水盆に返らず」は、取り返しのつかない行動や、元どおりにすることが難しい関係を表す言葉です。

失敗を嘆くだけでなく、行動を起こす前によく考えるべきだという戒めにもなります。

読み方と二つの意味

読み方は「ふくすいぼんにかえらず」です。

主に次の二つの意味があります。

・一度別れた夫婦は、以前と同じ関係には戻れないこと

・一度してしまったことは取り消せず、元の状態には戻せないこと

夫婦の離別を表すのが故事に近い意味ですが、現在は失言、判断、失敗、人間関係などについて、広く「取り返しがつかない」という意味で使われます。

すでに起きた結果を変えられないという、否定的なニュアンスを持つ表現です。

「覆水」と「盆」は何を指すのか

「覆水」とは、器をひっくり返してこぼした水のことです。

ここで使われている「覆」は、「おおう」ではなく、器を傾けたり、ひっくり返したりする意味で理解すると分かりやすいでしょう。

「盆」は、現在のお盆休みに関係する言葉でも、料理を運ぶ平らなトレーだけを指す言葉でもありません。

この故事では、水を入れる鉢や洗面器のような浅い容器を指します。

つまり、言葉全体では「器から地面へこぼした水は、もう元の器には戻らない」という光景を表しています。

使う場面と自然な例文

すでに決定的なことが起こり、なかったことにはできない場面で使います。

ただし、まだ修正や仲直りができる段階で使うと、必要以上に悲観的な印象を与えることがあります。

例文は次のとおりです。

・秘密にすべき情報を公開してから削除しても、すでに多くの人に見られているため、覆水盆に返らずです。

・感情に任せて相手を深く傷つける言葉を口にすれば、覆水盆に返らずとなるおそれがあります。

・契約を破棄すると伝えた以上、覆水盆に返らずで、以前と同じ信頼関係には戻れませんでした。

・二人は復縁について話し合いましたが、過去の溝は深く、覆水盆に返らずという結論に至りました。

「後悔先に立たず」「後の祭り」との違い

「後悔先に立たず」は、物事が終わってから悔やんでも間に合わないため、事前に注意すべきだという教えです。

「後の祭り」は、行動する時機を逃し、今さら手を打っても遅いことを表します。

これに対して「覆水盆に返らず」は、いったん起きたことや変化した関係を、元の状態に戻せない点に重点があります。

どれも取り返しのつかなさに関係しますが、こぼれた水という具体的な比喩を持つことが、この言葉の特徴です。

「覆水盆に返らず」の由来となった太公望の故事

一般に「覆水盆に返らず」の由来とされるのは、呂尚と妻の馬氏が別れた後の物語です。

呂尚は、姜尚、姜太公、太公望など、複数の呼び名を持つ人物として伝えられています。

呂尚は周の建国を支えた太公望

『史記』の「斉太公世家」によると、呂尚は渭水のほとりで周の文王と出会い、その後は文王と武王を補佐しました。

武王が殷を倒した後、呂尚は功臣として斉に封じられたと記されています。

日本で釣り好きの人を「太公望」と呼ぶのも、文王が呂尚と渭水付近で出会ったという伝承に由来します。

ただし、呂尚にまつわる話には後世に付け加えられた伝説も多いため、すべてを史実として受け取ることはできません。

貧しい時に去った妻が復縁を求める

後世の故事では、呂尚がまだ貧しく、世に認められていなかったころ、妻の馬氏は貧しい生活に耐えられず、夫のもとを去ったとされます。

やがて呂尚は周の文王や武王に重く用いられ、斉に封じられるほどの地位を得ました。

すると、以前別れた馬氏が再び現れ、夫婦に戻りたいと求めたといいます。

呂尚は、貧しい時には去り、出世してから戻ってきた妻との復縁を受け入れませんでした。

地面にこぼした水で復縁できないことを示す

呂尚は水を入れた器を取り、その水を地面にこぼして、馬氏に水を元どおり集めるよう求めました。

一度地面へ広がった水を、こぼす前と同じ状態で器に戻すことはできません。

呂尚はその光景によって、いったん離れた夫婦の関係も同じようには元に戻らないと示したとされています。

こぼれた水が離縁を、元の器に戻せないことが復縁の難しさを表し、後に人間関係以外の失敗や決定にも意味が広がりました。

原典『野客叢書』が伝える「覆水難収」

太公望と馬氏の話を確認できる代表的な文献が、南宋の王楙(おうぼう)が著した『野客叢書』です。

現在よく使われる「覆水盆に返らず」と、文献に記された言葉は完全に同じ形ではありません。

『野客叢書』は南宋の考証随筆

『野客叢書』は、王楙が古い書物や言葉の典拠について考察した随筆です。

1195年に最初の序文が書かれ、その後も修訂が続けられました。

巻二十八の「心堅石穿覆水難収」という項目には、当時世間で使われていた「覆水難収」という言葉の由来として、太公望と馬氏の話が記されています。

原文と分かりやすい意味

該当箇所の中心部分は、次のとおりです。

姜太公妻馬氏、不堪其貧而去。及太公既貴、再来。太公取一壺水傾於地、令妻収之。乃語之曰、「若言離更合、覆水定難収。」

分かりやすくすると、次のような意味です。

姜太公の妻である馬氏は、夫の貧しさに耐えられず去っていきました。

太公が高い地位を得ると、馬氏は再び戻ってきます。

太公は壺の水を地面にこぼして妻に集めさせ、「別れた後でまた一緒になれるというのなら、こぼれた水もきっと集められるはずだが、実際には難しい」と復縁を断った、という内容です。

『野客叢書』の原文にあるのは「覆水定難収」であり、日本語の「覆水盆に返らず」という八文字がそのまま書かれているわけではありません。

中国語では「覆水難収」という成語が定着し、日本では、こぼした水と水を入れていた器の関係を明確にした「覆水盆に返らず」という形で広く使われています。

『拾遺記』が出典とされる場合もある

日本の辞書や故事成語集には、太公望の話を東晋の王嘉が著したとされる『拾遺記』の故事として紹介するものもあります。

一方で、『野客叢書』巻二十八を直接の典拠として挙げる辞書もあり、出典の示し方は資料によって統一されていません。

現存する文献の本文から太公望と馬氏の話を確認する場合は、『野客叢書』の記述が明確です。

そのため、「太公望が実際にこの言葉を残し、それが同時代の記録に載った」と断定するのではなく、古代の人物を主人公として後世に伝えられた故事と考える必要があります。

なぜ朱買臣の故事ともいわれるのか

「覆水盆に返らず」は、前漢の政治家である朱買臣と妻の物語として紹介されることもあります。

二人の話には太公望の故事とよく似た部分がありますが、古い史書の内容と後世の芝居や物語を分けて考えることが大切です。

『漢書』に記された朱買臣と妻の別れ

班固らが編纂した『漢書』の「朱買臣伝」によると、朱買臣は家が貧しく、薪を売って生活しながら読書を続けていました。

道を歩きながら大声で文章を唱える朱買臣を妻が何度も止めましたが、朱買臣はさらに大きな声で唱えます。

妻はその生活を恥じて別れを求め、朱買臣が引き留めても考えを変えませんでした。

その後、朱買臣は漢の武帝に認められ、会稽太守となります。

故郷へ向かう途中、道路工事をしている元妻とその夫を見つけた朱買臣は、二人を太守の役所へ連れて行って住まわせ、食事を与えました。

しかし、元妻は約一か月後に自ら命を絶ち、朱買臣はその夫に葬儀の費用を渡したと記されています。

正史には水をこぼす場面がない

『漢書』の朱買臣伝には、元妻が復縁を求め、朱買臣が馬の前で水をまいて断る場面はありません。

むしろ、朱買臣は元妻と再婚相手を引き取り、食事を与えています。

後世の演劇や物語では、元妻が出世した朱買臣に復縁を願い、朱買臣が水をこぼして拒絶する「馬前潑水」の場面が加えられました。

貧しい夫を妻が見限り、夫が後に出世するという共通点から、もともと太公望のものとされた水の逸話が朱買臣の物語に結び付いたと考えられます。

清代の『通俗編』にも、俗に伝わる朱買臣の話の水をこぼす場面は太公望の故事を演劇が取り入れたものだ、という趣旨の考証があります。

したがって、朱買臣は実在が史書で確認できる人物ですが、「水をこぼして元妻との復縁を断った」という部分まで史実とすることはできません。

『後漢書』では政治への警告として使われている

夫婦の物語とは別に、『後漢書』には「覆水不可収」というよく似た言葉が登場します。

ここでは、やり直せない政治行動を始める前によく考えるよう促す比喩として使われています。

何苗が兄の何進に決断の重さを説く

後漢末の189年、霊帝が亡くなると、その皇后の兄である何進(かしん)が大将軍として大きな権力を握りました。

何進は袁紹(えんしょう)らとともに、宮廷で勢力を持つ宦官を一掃しようと計画します。

これに対し、弟の何苗(かびょう)は、国家のことは簡単に扱えるものではないと説き、「覆水不可収、宜深思之」と忠告しました。

これは、「こぼした水は元に戻せないのだから、十分に考えるべきだ」という意味です。

ところが、何進は宦官との対立を止められず、計画を察知した宦官に殺害されました。

その直後、袁紹らが宮中の宦官を殺害し、さらに董卓が都へ入ったことで、後漢末の政治的混乱は一段と深まります。

夫婦の復縁より広い意味がすでに見える

『後漢書』は5世紀に范曄(はんよう)が編纂した史書で、『野客叢書』より古い文献です。

そこに「覆水不可収」という表現があることから、こぼした水を取り返せない行動にたとえる発想は、夫婦の復縁話とは別の文脈でも早くから使われていたことが分かります。

ただし、『後漢書』には太公望が水をこぼして妻との復縁を断る物語は記されていません。

似た表現が使われた政治上の逸話と、太公望夫妻の物語は、いったん分けて理解した方がよいでしょう。

太公望の逸話は史実なのか

呂尚は『史記』にも登場し、周の文王と武王を助け、斉の祖となった人物として記されています。

しかし、『史記』の「斉太公世家」には、妻の馬氏が貧しい呂尚のもとを去った話も、地面へ水をこぼして復縁を断った話もありません。

太公望の時代とされる紀元前11世紀ごろと、故事を記す後世の文献との間には長い隔たりがあります。

このため、太公望夫妻の具体的なやり取りは、歴史上の事実として確認されたものではなく、言葉の意味を印象的に伝えるために受け継がれた伝承とみるのが適切です。

また、物語を現代の価値観だけで読み、馬氏を単純に「薄情な悪妻」、呂尚を「当然の仕返しをした人物」と決め付けるのも慎重であるべきでしょう。

貧困の実情や当事者の心情は古い記録から確認できず、後世の物語が人物像を分かりやすく整えた可能性があるためです。

この故事で重要なのは人物の善悪ではなく、一度失われた関係や信頼を元の状態へ戻すことの難しさを、こぼれた水によって表した点にあります。

「覆水盆に返らず」に関するよくある質問

由来や原典について混同しやすい点を整理します。

「覆水盆に返らず」はことわざですか、故事成語ですか?

中国の故事に基づくため故事成語といえますが、日本語ではことわざとしても扱われています。

どちらか一方だけが誤りというわけではありません。

原典に「覆水盆に返らず」とそのまま書かれていますか?

『野客叢書』には「覆水定難収」とあり、現在の日本語の形がそのまま記されているわけではありません。

「覆水難収」「覆水不可収」などの漢語表現と、水を器へ戻せない故事が結び付き、日本では「覆水盆に返らず」という形で定着しています。

由来となった人物は太公望と朱買臣のどちらですか?

水をこぼして復縁を拒む故事は、一般に太公望の話として説明されます。

朱買臣にも妻との離別と後の出世という似た経歴がありますが、『漢書』には水をこぼす場面がなく、後世の物語で太公望の逸話と結び付いたと考えられます。

太公望と馬氏の話は実話ですか?

太公望に相当する呂尚は『史記』に登場しますが、馬氏との離別や復縁をめぐる話は『史記』にはありません。

そのため、実話と断定できる材料はなく、後世に伝えられた故事として理解する必要があります。

人間関係が絶対に修復できないという意味ですか?

必ず修復できないと科学的、法的に断定する言葉ではなく、元どおりにすることが極めて難しい状況を表す比喩です。

謝罪や話し合いの余地が残っている場面で、最初から「覆水盆に返らず」と決め付ける必要はありません。

まとめ

「覆水盆に返らず」は「ふくすいぼんにかえらず」と読み、一度別れた夫婦は元に戻りにくいこと、転じて、一度してしまったことは取り返せないことを表します。

一般に由来とされるのは、貧しい時に去った妻の馬氏から復縁を求められた太公望が、水を地面へこぼして拒んだという故事です。

太公望と馬氏の話は南宋の『野客叢書』で確認できますが、そこにある表現は「覆水定難収」であり、「覆水盆に返らず」とまったく同じではありません。

また、『漢書』に記された朱買臣の生涯には水をこぼす場面がなく、朱買臣説は後世の芝居や物語で太公望の故事と結び付いたものと考えられます。

さらに、『後漢書』には政治的決断への警告として「覆水不可収」という表現があり、こぼれた水の比喩が夫婦関係より広い意味でも使われていたことが分かります。

この言葉は、過去を嘆くだけの表現ではありません。

元に戻せない結果があるからこそ、重要な発言や決断をする前に立ち止まって考える大切さを伝える戒めでもあります。

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