年を重ねても、若者と同じような高い志を持ち続けること。もともとは、老いた名馬が活躍の場を失って馬屋で休んでいるが、かつてのように千里を駆ける夢を捨てずにいる様子を指す言葉です。
また、才能のある人がその力を発揮することなく歳を重ねていく様子を例える時にも使われることがあります。
老驥伏櫪(ろうきふくれき)の由来は、後漢の武将、曹操の詩「歩出夏門行」の一節に由来します。
曹操とは?
曹操(そうそう、155年 – 220年)は、中国後漢末期の著名な政治家、軍人、詩人で、三国時代の魏の創始者として広く知られています。彼は、後漢王朝の衰退とともに乱世が広がる中で、その頭脳と軍事的才能を駆使して勢力を拡大しました。
曹操の生涯
初期の活動 曹操は、東漢の官僚であり、後に太尉(最高軍職)に任命されました。彼は優れた軍事的才能を持っており、地方の反乱を鎮圧するために多くの戦争に関与しました。
黄巾の乱とその後 黄巾の乱(184年)という大規模な農民反乱が起きると、曹操は反乱軍を撃退するために活躍しました。この戦争で彼は名を上げ、その後、反乱鎮圧を契機に勢力を強化しました。
群雄割拠の時代 後漢の帝権が弱体化する中で、曹操は他の有力な軍閥と競り合い、最終的に北方の大部分を支配下に置くことに成功しました。彼は、「挙兵して天下を取る」という志を持ち、強力な中央集権体制を築こうとしました。
官渡の戦い(200年) 曹操の最も有名な戦いの一つである官渡の戦い(200年)は、彼が宿敵・袁紹(えんしょう)を破り、北方を支配するための重要な戦勝でした。この勝利により、曹操は広大な領土を手に入れ、魏の基礎を築きました。
魏の創立 220年、曹操は死去する前にその子・曹丕(そうひ)に魏の帝位を譲り、三国時代が始まることになります。曹操自身は、正式に帝位に就くことはなかったものの、実質的に魏の基盤を築きました。
曹操の人物像
軍事的才能: 曹操は優れた戦略家であり、数多くの戦争で勝利を収めました。彼の指導力や兵法は後世に大きな影響を与えました。
政治家としての手腕: 彼は中央集権体制を強化し、地方の有力者を従わせることで自らの勢力を拡大しました。
詩人としての顔: 曹操はまた、詩を好み、いくつかの詩を残しています。彼の詩は、乱世の中での困難や無常を表現しており、文学者としての一面も持ち合わせていました。
曹操の名言や業績
曹操の名言には「老驥伏櫪、志在千里」などがあり、彼の不屈の精神や壮大な志が感じられます。
彼の業績としては、軍事的に強大な魏を築いたことや、制度改革を行ったことが挙げられます。
曹操は歴史的に非常に複雑な人物で、勇猛果敢でありながら、冷徹な政治家でもありました。そのため、彼に対する評価は賛否が分かれることが多いですが、彼の影響力は後世に大きな影響を与えました。
歩出夏門行とはどんな詩なの?
曹操の詩「歩出夏門行」は、後漢末期の動乱と彼自身の心情を反映した詩で、曹操の詩作としては有名な一つです。
この詩は、彼が南方に出征した際の感情を表現したものとして伝えられています。
詩の背景
「歩出夏門行」は、曹操が魏の基盤を固める過程で、南方の戦地に出向いたときに詠んだとされています。
この時期、曹操は多くの戦争を戦っており、その苦しい戦いの中での心情を詩に込めています。詩の内容には、彼の戦意や自身の立場に対する自覚、そして乱世における無常感などが表れています。
詩の内容
「歩出夏門行」の内容は、曹操が歩きながら自らの思いを詠み、未来に対する強い意志とともに人生の無常さを感じ取るものです。
その中で特に有名なのは「老驥伏櫪」や「志在千里」といった一節で、老いた名馬が引退しても依然として千里を駆けることを夢見ているという表現が使われています。
この部分は、年齢を重ねた曹操自身が、体力や状況に関わらず、未だに高い志を持ち続けるという強い意志を表現しています。
主要な一節
詩の中で特に有名な一節が以下のようなものです:
「老驥伏櫪,志在千里」
「老いた名馬は馬屋に伏しているが、その志は依然として千里を駆ける」という意味です。
ここで曹操は、年齢や困難に関係なく、志を持ち続けることの重要さを表現しています。彼自身が年齢を重ねる中で、依然として壮大な目標に向かって進み続ける決意を示しているのです。
詩の意味と影響
「歩出夏門行」は、曹操が戦いを通じて感じた無常感や自己の立場に対する覚悟を表すとともに、後世に対しても大きな影響を与えました。
この詩は、彼の「老驥伏櫪」の表現が象徴するように、年齢を重ねてもなお高い志を抱き続ける姿勢を伝えており、困難な状況でも諦めずに目標を追い続けることの重要性を教えてくれます。
また、この詩は中国文学において、英雄的な人物の内面的な葛藤や成長を描いた作品として、文学的な価値も高く評価されています。
老驥伏櫪を使った四字熟語を紹介
「老驥伏櫪」の四字熟語を使った例文をいくつかご紹介します。
例文1:「彼は年齢を重ねても、依然として現役で活躍している。まさに老驥伏櫪、志在千里だ。」
解説:この例文では、「老驥伏櫪」の意味を「年齢を重ねても、依然として高い志を持ち続ける」という文脈で使っています。「志在千里」という部分も含めて、年齢に関係なく、自分の目標を追い続ける姿勢を表しています。ここでは、年齢や体力の衰えに関係なく、依然として大きな目標に向かって努力を続ける人物を称賛しています。
例文2:「この大企業の創業者は、70歳を過ぎても経営に深く関わっており、まさに老驥伏櫪の精神を体現している。」
解説:ここでは、年齢を重ねた創業者が依然として企業経営に情熱を注ぎ続けていることを表現しています。年齢に関係なく、経営者としての役割を果たし、企業を成長させるために尽力している様子が、「老驥伏櫪」によって強調されています。このように、リーダーシップや影響力を持つ人物が年齢を超えて活躍する様子を指す時に使います。
例文3:「引退後も、彼はスポーツ界での知識や経験を活かし、若手選手たちを指導している。その姿勢はまさに老驥伏櫪だ。」
解説:ここでは、引退した選手が現役を退いた後もその経験や知識を活かして、次世代の選手たちを支援している様子を表現しています。年齢や引退したという事実に関わらず、若手選手たちを育てるという高い志を持ち続けていることを、「老驥伏櫪」を使って表しています。
例文4:「彼は年齢を重ねても情熱を失わず、未だに大きなプロジェクトに取り組んでいる。老驥伏櫪のように、彼の志は衰えることがない。」
解説:この例文では、年齢を重ねても情熱や志を持ち続ける人物に対して使っています。「老驥伏櫪」を用いることで、年齢や状況に関係なく、夢や目標を追い続ける強い意志を強調しています。
例文5:「この芸術家は、引退してもなお、作品を創り続けており、まさに老驥伏櫪の例と言える。」
解説:芸術家が引退後も創作活動を続けている状況に対して使われています。年齢を重ねることにより引退することは多いですが、この例文では引退後も情熱を持ち続ける姿勢が強調されています。芸術家のようなクリエイティブな分野では、「老驥伏櫪」を使って、年齢を重ねてもその情熱が衰えないことを讃えています。
まとめ
老驥伏櫪(ろうきふくれき)は、中国の古典文学に由来する四字熟語で、直訳すると「老いた名馬は馬屋に伏しているが、その志は依然として千里を駆ける」という意味です。
この表現は、年齢や環境が変わっても高い志を持ち続け、決して諦めずに目標を追い求める姿勢を示しています。
この四字熟語の由来は、後漢の武将・曹操(そうそう)の詩「歩出夏門行」にあります。
詩の中で、曹操は自身の年齢を感じながらも、かつてのように遠くを駆ける志を忘れず、自己の意志を貫くことを表現しました。
特に「老驥伏櫪、志在千里」という一節が有名で、これは年齢を重ねても志は衰えないという強い意志を示しています。
「老驥伏櫪」は、単に年齢に関することに限らず、能力や意欲があっても環境や状況によってそれを発揮できない人物にも使われます。
年齢や立場に関わらず、内面の志や夢を持ち続けることの大切さを教えているのです。
この表現は、年齢を重ねた人物が現役を退いた後でも、未だに力強い意志や目標を持ち続けることを称賛する際に使用されます。
例えば、引退した政治家や企業の創業者、またはスポーツ選手がその経験を活かして後進を指導し続ける姿勢に対して使われることが多いです。
このように、「老驥伏櫪」という言葉は、困難や制約に屈せず、高い志を追い続ける力強い姿勢を表すものです。