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断腸の思いとは?母猿の悲話に由来する故事成語の意味と使い方

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「断腸の思い」は「だんちょうのおもい」と読み、はらわたがちぎれるほど悲しく、つらい気持ちを表す故事成語です。

簡単な失敗や軽い残念さではなく、大切なものを失うときや、苦しみながら重大な決断を下すときに使われます。

一般には、中国の逸話集『世説新語』に収められた、子猿を奪われた母猿の悲しい物語に由来すると説明されています。

ただし、「腸が断たれる」という比喩は『世説新語』より古い中国の詩にも見られます。

ここでは、「断腸の思い」の意味と使い方に加え、母猿の故事、原典に記された内容、現在の表現が成立するまでの流れを紹介します。

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「断腸の思い」の意味・読み方・使い方

読み方と意味

「断腸の思い」の読み方は「だんちょうのおもい」です。

「断腸」は、文字どおりには「腸が断ち切れること」を意味します。

そこから、腸がちぎれるほどの激しい悲しみや、耐えがたい苦しみを表すようになりました。

現在は実際の腹痛やけがを示す言葉ではなく、心の痛みを身体の状態にたとえた表現として使われています。

単に「悲しい」というよりも感情の程度が強く、簡単には受け入れられない別れや断念を表す言葉です。

使う場面と自然な例文

「断腸の思い」は、自分の意思に反して大切なものを手放す場面や、関係者へつらい決定を伝える場面などに適しています。

個人的な別れだけでなく、事業の中止、施設の閉鎖、作品や計画の断念といった場面でも使えます。

例文は次のとおりです。

・長年守ってきた店を閉じることは、店主にとって断腸の思いでした。

・開発を続けたかったものの、安全を優先し、断腸の思いで計画の中止を決めました。

・思い出の品を処分しなければならず、断腸の思いで一つずつ整理しました。

・選手本人の将来を考え、監督は断腸の思いで代表から外す決断をしました。

軽い残念さには使わない

「断腸の思い」は非常に強い悲しみを表すため、「欲しかった菓子が売り切れていた」のような日常の小さな残念さに使うと、大げさに聞こえることがあります。

冗談として意図的に誇張する場合を除き、人生や仕事に関わる重大な別れや決断に用いるのが自然です。

似た表現には「身を切られる思い」「胸が張り裂ける思い」「苦渋の決断」などがあります。

「断腸の思い」と「身を切られる思い」は、どちらも耐えがたい心の痛みを表します。

一方、「苦渋の決断」は、迷い苦しみながら選択することに重点があり、必ずしも深い悲しみだけを表すわけではありません。

「断腸」の由来となった『世説新語』の故事

桓温が軍を率いて蜀へ向かった

故事の舞台は、4世紀の中国にあった東晋の時代です。

東晋の軍人である桓温(かんおん)は、現在の四川省付近を支配していた成漢を討つため、軍を率いて蜀へ向かいました。

『世説新語』では、この場面を「桓公、蜀に入る」と簡潔に記しています。

「桓公」とは桓温のことで、軍勢は長江上流の三峡と呼ばれる険しい地域を進んでいました。

桓温が成漢を攻めたのは346年から347年にかけてであり、故事はこの遠征の途中で起きた出来事として語られています。

兵士が一匹の子猿を捕らえた

船で三峡を進んでいたとき、桓温の部隊にいた一人が子猿を捕らえました。

原典は、捕らえた理由や子猿をどのように扱ったのかを詳しく説明していません。

しかし、子猿の母親は岸辺に現れ、悲しそうな声を上げながら船を追い始めました。

船が川を進んでも母猿は離れず、岸に沿って百余里も追い続けたと記されています。

ここでいう「百余里」は原文の表現です。

古代中国の一里は時代によって長さが異なるため、現代の距離へ単純に換算するよりも、母猿が非常に長い距離を追ったことを示す記述と考えるのが適切です。

母猿は船へ飛び移った直後に息絶えた

母猿は岸から船を追うだけでは子猿を取り戻せませんでした。

やがて船へ飛び移ることに成功しましたが、たどり着くとすぐに息絶えてしまいます。

船にいた人々が母猿の腹の中を調べたところ、腸が細かく断ち切れていたといいます。

原典の「腸皆寸寸断」という一節は、「腸はすべて寸寸に断たれていた」という意味です。

子を奪われた母親の悲しみを、目に見えるほど激しい身体の変化として描いた場面でした。

この強烈な描写が、はらわたがちぎれるほどの悲しみを表す「断腸」の故事として広く知られるようになりました。

桓温は子猿を捕らえた人物を処分した

桓温は母猿の最期を聞くと怒り、子猿を捕らえた人物を「黜(しりぞ)ける」よう命じました。

「黜ける」には、地位や役目から退けるという意味があります。

この話が収められているのは、『世説新語』の「黜免(ちゅつめん)」篇です。

母猿の悲しみだけで話が終わらず、原因を作った人物が職務から外されたため、免職や失脚にまつわる逸話を集めた「黜免」に置かれたと理解できます。

原典は子猿がその後どうなったのかを記していません。

物語の結末として確認できるのは、桓温が事情を知り、部下を処分したところまでです。

原典『世説新語』と「断腸の思い」の成立

『世説新語』は人物の言動を集めた逸話集

『世説新語』は、南朝宋の劉義慶(りゅうぎけい、403~444年)が編んだとされる中国の逸話集です。

後漢末から東晋にかけて活躍した貴族、文人、僧侶などの言動を、徳行や言語、文学、黜免といった項目に分けて収録しています。

短い文章で人物の判断や個性を伝えるところに特徴があり、当時の社会や価値観を知る資料としても読まれてきました。

ただし、現代の歴史書のように出来事を厳密に実証した本ではありません。

後世に伝わった逸話を集めた作品であり、史実とは考えにくい話や文学的な脚色を含むと指摘されています。

母猿の腹の中を調べたという描写も、原典に書かれている内容として紹介し、確認された医学的事実のように扱わないことが大切です。

原典に「断腸の思い」という言葉はない

『世説新語』の本文に、日本語の定型句である「断腸の思い」がそのまま登場するわけではありません。

原典にあるのは、母猿の腸について述べた「腸皆寸寸断」という表現です。

この一節と母猿の物語を背景に、激しい悲しみを「断腸」と呼び、日本語では「断腸の思い」という形で使うようになりました。

精選版『日本国語大辞典』は、「断腸の思い」の初出例として、1691年に刊行された俳諧集『猿蓑』の序文を挙げています。

少なくとも江戸時代には、現在と同じ「断腸のおもひ」という形が文章に現れていたことが分かります。

「腸が断たれる」という比喩は故事より古い

母猿の話は「断腸」の由来として有名ですが、腸が断たれることで深い悲しみを表す方法は、『世説新語』の成立以前から使われていました。

後漢末の曹操は、戦乱で人々が失われた悲しみを詠んだ「蒿里行」で、「これを思えば人の腸を断つ」という趣旨の表現を用いています。

曹操の子である曹丕も「燕歌行」で、旅に出た夫を思う女性の悲しみを「思断腸」と表しました。

このため、母猿の故事だけから「断腸」という比喩が初めて生まれたと断定することはできません。

『世説新語』の逸話は、すでに存在していた「腸が断たれるほど悲しい」という表現を、母猿の行動と結び付けて強く印象づけた物語と考えることができます。

「断腸」の故事から読み取れること

中心にあるのは母猿の子を思う行動

故事の中心は、母猿が百余里にわたって船を追い、最後には危険を冒して船へ飛び移ったことです。

原典は母猿の心情を言葉で詳しく説明していません。

それでも、岸を離れず追い続けた行動と「腸皆寸寸断」という結末によって、子を失う悲しみの深さを伝えています。

現代の「断腸の思い」も、簡単な言葉では言い表せないほどの悲しみを示す点で、この物語の印象を受け継いでいます。

桓温の怒りまで含めて一つの故事である

「断腸」の由来は母猿の死だけで説明されることがありますが、原典は桓温が部下を退けたところまで記しています。

桓温の処分が妥当だったかどうかについて、本文は長い論評を加えていません。

その一方で、他者に与えた苦痛を知った指揮官が、原因を作った人物の行為を見過ごさなかったという結末になっています。

母猿の悲しみと桓温の判断を合わせて読むことで、『世説新語』の「黜免」篇に収められた理由も理解しやすくなります。

「断腸の思い」に関するよくある質問

「断腸の思い」は四字熟語ですか?

「断腸の思い」は四字熟語ではなく、中国の古い物語を背景に持つ故事成語・慣用表現です。

「断腸」だけなら漢字二字ですが、日本語では一般に「断腸の思い」という形で使われます。

母猿の話は実話ですか?

桓温は実在した東晋の軍人で、蜀へ進軍して成漢を滅ぼしたことも歴史上の出来事です。

しかし、母猿の出来事を伝える『世説新語』は逸話集であり、物語の細部を独立した史料で確認することは困難です。

実話と断定せず、『世説新語』に伝えられた故事として読むのが適切です。

母猿と子猿の種類は分かっていますか?

原典は子猿を「猿子」または「猨子」と記すだけで、現代の生物分類に当たる種類までは示していません。

特定の種類を推測で補わず、三峡にいた猿の親子として紹介するのが正確です。

子猿は母猿のもとへ戻れたのですか?

子猿のその後は原典に書かれていません。

桓温が部下を処分したことは記されていますが、子猿を解放した、母猿と一緒に葬ったといった結末は確認できません。

まとめ

「断腸の思い」は母猿の悲話を背景に持つ故事成語

「断腸の思い」は「だんちょうのおもい」と読み、はらわたがちぎれるほどの激しい悲しみや苦しみを表します。

軽い残念さではなく、大切なものとの別れや、受け入れがたい断念などに使う表現です。

一般に由来とされるのは、『世説新語』の「黜免」篇に収められた故事です。

子猿を捕らえられた母猿は、岸辺を百余里も船について行き、船へ飛び移った直後に息絶えました。

腹の中を見ると「腸皆寸寸断」の状態だったとされ、事情を知った桓温は子猿を捕らえた人物を退けました。

ただし、原典に「断腸の思い」という日本語の表現があるわけではなく、「腸が断たれる」という比喩自体は曹操や曹丕の詩にも見られます。

母猿の故事は、古くからあった強い悲しみの比喩を、現在まで記憶に残る物語として伝えたものといえるでしょう。

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