「藪をつついて蛇を出す」は、「やぶをつついてへびをだす」と読みます。
しなくてもよいことをしたために、かえって災いや面倒を招くという否定的な意味のことわざです。
現在は、短く「藪蛇(やぶへび)」と表すことも少なくありません。
この言葉は中国の故事成語と混同される場合がありますが、由来となった特定の人物や事件は確認されておらず、日本の国語辞典では主にことわざとして扱われています。
ここでは、「藪をつついて蛇を出す」の意味、使い方、例文に加え、幕末の文献に見える用例や、中国の成語「打草驚蛇」との違いを分かりやすく紹介します。
「藪をつついて蛇を出す」の意味・読み方・使い方
「藪をつついて蛇を出す」とは、余計な行動や発言をした結果、自分にとって悪い事態を引き起こすことのたとえです。
単に不運な出来事が起こったという意味ではありません。
避けられたはずの問題を、自分の不用意な行動によって招いたという点が、このことわざの重要な部分です。
読み方と漢字が表す情景
読み方は「やぶをつついてへびをだす」です。
「藪」は、低木や竹、草などが生い茂り、見通しが悪くなっている場所を指します。
「つつく」は、細い物の先などで何度も突くことです。
何もしなければ蛇は藪の中に隠れたままでした。
ところが、わざわざ藪を刺激したため、危険な蛇を外へ出してしまいます。
この分かりやすい情景が、「余計なことをして災いを招く」という意味を表しています。
「藪を叩いて蛇を出す」という形が使われる場合もあります。
どのような場面で使うのか
このことわざは、発言、詮索、提案、苦情などがきっかけとなり、思わぬ不利益を受けた場面で使います。
たとえば、職場で軽い気持ちから作業方法の問題を指摘したところ、自分が改善担当を任された場合は、「藪をつついて蛇を出した」と表現できます。
収まっていた争いを蒸し返したために再び問題が起きた場合や、言い訳をした結果、別の失敗まで明らかになった場合にも使える言葉です。
一方、必要な調査や安全確認によって、もともと存在した問題が見つかっただけなら、必ずしもこのことわざには当てはまりません。
「不必要または不用意な言動が悪い結果のきっかけになったか」が、使い分けの目安です。
短い形の「藪蛇」
現代では、「藪をつついて蛇を出す」を縮めた「藪蛇」がよく使われます。
「藪蛇になる」「かえって藪蛇だ」「藪蛇なことはしない」のように表現します。
「藪蛇」は蛇の種類を指す言葉ではありません。
長いことわざから「藪」と「蛇」を残して作られた省略形です。
自然な例文
・契約内容について細かく質問したところ、これまで受けていた割引まで見直され、藪をつついて蛇を出す結果になった。
・会議で作業手順の問題を指摘したら、私がすべての手順書を修正することになり、藪蛇になってしまった。
・二人のけんかはすでに収まっているので、今から原因を聞き回ると藪をつついて蛇を出しかねない。
・昔のミスについて言い訳したため、別の見落としまで発覚し、かえって藪蛇となった。
使うときの注意点
「藪をつついて蛇を出す」には、「余計なことをしなければ問題にならなかった」という批判や後悔のニュアンスがあります。
そのため、必要な告発、安全確認、原因調査などを、一律に「余計な行動」と決めつける使い方には注意が必要です。
問題を見て見ぬふりすることを勧める言葉ではなく、不用意な言動が別の災いを呼んだ場面を表すことわざと考えるとよいでしょう。
由来は藪から蛇を出す情景をたとえたもの
「藪をつついて蛇を出す」は、刺激する必要のない藪へ手を出し、潜んでいた蛇を外へ出してしまう情景に由来すると説明されています。
蛇は、藪をつつかなければ姿を現さなかったかもしれません。
それにもかかわらず、好奇心や不用意な行動によって、自分の側へ危険を引き寄せてしまいました。
この原因と結果の関係が、「余計な行動によって災いを招く」という意味につながっています。
ただし、昔の誰かが実際に藪をつつき、蛇に襲われたという特定の事件が伝えられているわけではありません。
由来となった人物、場所、年代を一つの物語として示せる資料も確認されていません。
したがって、歴史上の出来事をもとにした故事ではなく、身近な危険を用いた比喩から生まれたことわざとして捉えるのが適切です。
「故事成語」ではなく「ことわざ」に分類される理由
故事成語とは、古代中国の歴史上の出来事や、古典に記された物語をもとに成立した言葉を指すのが一般的です。
たとえば、「矛盾」や「漁夫の利」には、言葉のもとになった話と原典があります。
一方、「藪をつついて蛇を出す」には、直接の原典と断定できる中国古典や、決まった登場人物の物語が確認されていません。
漢字ペディアでは「故事・ことわざ」の索引に収録されていますが、意味の説明は藪をつつく情景にもとづいています。
コトバンクにも『ことわざを知る辞典』の項目が掲載されており、日本語のことわざとして理解するのが分かりやすい表現です。
似た中国の成語が存在するため、広い意味で故事成語のように紹介される場合はあります。
しかし、両者の原典や意味は同一ではないため、「中国の故事からそのまま生まれたことわざ」と断定しないことが大切です。
江戸時代末期には使われていた
「藪をつついて蛇を出す」を、いつ、誰が作ったのかは明らかになっていません。
ただし、江戸時代末期には使われていたことを示す資料があります。
合巻『教草女房形気』に見える用例
『会話で使えることわざ辞典』は、「藪をつついて蛇を出す」の出典として、合巻『教草女房形気(おしえぐさにょうぼうかたぎ)』を挙げています。
合巻とは、江戸時代後期に親しまれた、絵と文章を組み合わせた読み物です。
『教草女房形気』は山東京山が手がけた作品で、初編から二十編までを山東京山が執筆したことが国文学研究資料館の国書データベースで確認できます。
江戸東京博物館の資料には、弘化3年(1846年)の三編や、その後に刊行された複数の編が収録されています。
作品は長期にわたり刊行されたため、辞典の出典表示だけで正確な初出年や掲載箇所まで決めることはできません。
それでも、幕末の読み物で使われた表現だったことを知る手がかりになります。
1867年の『和英語林集成』にも収録
『精選版 日本国語大辞典』は、慶応3年(1867年)刊行の『和英語林集成』初版を用例として挙げています。
『和英語林集成』は、アメリカ人宣教師で医師でもあったJ・C・ヘボンが編纂した和英辞典です。
幕末の日本語を英語で説明した資料であり、ここに収録されたことから、当時すでに知られていた表現だったと考えられます。
ただし、文献で確認できる年代と、ことわざが実際に生まれた年代は同じではありません。
1867年より前から、話し言葉として使われていた可能性もあります。
そのため、「1867年に作られたことわざ」と断定することはできません。
中国の成語「打草驚蛇」との関係
中国には、「打草驚蛇」という成語があります。
日本語では「草を打って蛇を驚かす」と読み、音読みで「だそうきょうだ」と表すこともあります。
草むらをたたいて蛇を動かす情景は、「藪をつついて蛇を出す」とよく似ています。
しかし、二つの言葉では由来と現在の意味の中心が異なります。
「打草驚蛇」の故事
中華民国教育部の『成語典』は、「打草驚蛇」の典拠として、宋代の鄭文宝が著した『南唐近事』巻二を挙げています。
そこには、南唐で当塗県の長官を務めた王魯という人物の話が記されています。
王魯は賄賂を受け取り、財産を増やすことに力を入れていました。
あるとき、住民たちが役所の主簿による収賄を連名で訴えます。
訴えを読んだ王魯は、部下への追及が自分の不正にまで及ぶことを警戒しました。
そして訴状へ、「あなたたちは草を打っただけだが、私はすでに蛇のように驚いた」という趣旨の言葉を書いたと伝えられています。
この逸話から「打草驚蛇」は、一人を懲らしめることで関係者にも警戒させることや、不用意な行動によって相手に気づかれ、先に備えられてしまうことを表すようになりました。
二つの言葉は意味の中心が異なる
二つの言葉の違いは、次のように整理できます。
・藪をつついて蛇を出す:余計なことをした本人が、災いや不利益を招くこと。
・打草驚蛇:不用意な行動で相手を警戒させること、または一人への働きかけによって関係者を戒めること。
「打草驚蛇」の故事は、藪と蛇を用いた表現を理解する参考になります。
ただし、確認できる辞典や資料には、日本の「藪をつついて蛇を出す」が王魯の故事から直接成立したとは明記されていません。
同じ由来の言葉と断定せず、情景が似た中国の関連表現として分けて理解するのが適切です。
「藪蛇」という短い形が定着した経緯
「藪をつついて蛇を出す」を縮めた「藪蛇」は、現在では一つの名詞のように使われています。
『精選版 日本国語大辞典』は、「藪蛇」の初出例として、内田魯庵が明治35年(1902年)に発表した『社会百面相』を挙げています。
また、『ことわざを知る辞典』には、明治39年(1906年)刊行の島崎藤村『破戒』に見える用例が紹介されています。
これらの資料から、明治時代には「藪蛇」という短い形が文章の中で使われていたことが分かります。
ただし、1902年は辞書で確認できる初出例であり、その年に「藪蛇」が作られたと断定するものではありません。
もとのことわざを知っていれば、「藪」と「蛇」の二語だけでも意味を連想できます。
長い表現が会話や文章で使いやすく縮められ、独立した言葉として定着していったと考えられます。
似たことわざとの違い
「藪をつついて蛇を出す」と似た表現はいくつかありますが、意味の中心は少しずつ異なります。
・寝た子を起こす:収まっている物事へ手を出し、再び問題を起こすことです。
・触らぬ神に祟りなし:物事に関わらなければ、災いを受けずに済むという戒めです。
・自業自得:自分の行いの結果を自分が受けることで、その行動が余計だったかどうかは問いません。
・身から出た錆:自分の悪い行いが原因となって、自分が苦しむことを表します。
「藪をつついて蛇を出す」は、自分の余計な言動がきっかけとなり、避けられたはずの災いや面倒を招く場面に最も適しています。
「藪をつついて蛇を出す」に関するFAQ
ここでは、このことわざの由来や成立について疑問になりやすい点を補足します。
「藪をつついて蛇を出す」は実話ですか?
特定の人物が実際に藪をつつき、蛇を出したという出来事は確認されていません。
藪を不用意に刺激して危険を招く情景を、余計な行動による失敗に重ねた比喩と考えられます。
中国の故事成語ですか?
日本の国語辞典では、主にことわざとして扱われています。
中国の「打草驚蛇」と情景は似ていますが、そこから直接成立したと断定できる資料は確認されていません。
いつごろから使われていますか?
合巻『教草女房形気』が出典として挙げられ、1867年の『和英語林集成』初版にも用例があります。
少なくとも江戸時代末期には知られていましたが、詳しい成立時期や作者は明らかではありません。
「藪蛇」はいつからある言葉ですか?
『精選版 日本国語大辞典』が示す初出例は、内田魯庵の『社会百面相』(1902年)です。
これは辞書に掲載された最も早い文献例であり、1902年に初めて使われたという意味ではありません。
「藪から棒」と関係がありますか?
どちらも「藪」を含みますが、意味は異なります。
「藪から棒」は、物事の始まり方が突然で唐突な様子を表し、余計なことによって災いを招くという意味はありません。
まとめ
「藪をつついて蛇を出す」は、余計な行動や発言をした結果、自分から災いや面倒を招いてしまうことを表すことわざです。
現代では、「藪蛇になる」のような短い形もよく使われています。
由来となった特定の事件や登場人物は確認されていません。
一方、幕末の合巻『教草女房形気』が出典として挙げられ、1867年の『和英語林集成』にも用例があるため、少なくとも江戸時代末期には知られていたことが分かります。
中国の「打草驚蛇」は情景の似た関連表現ですが、不用意な行動で相手を警戒させるという意味が中心です。
両者を同じ故事に由来すると断定せず、日本のことわざと中国の成語に分けて理解することが大切です。


