お盆の意味と由来

お盆は、日本の夏に行われる祖先を敬う伝統的な行事で、日本の古い祖霊信仰と仏教が結びついて生まれました。

もともとは旧暦の7月15日を中心に行われていましたが、明治時代に新暦が導入された後、新暦の7月15日は農作業の繁忙期と重なりやすかったため、多くの地域では新暦の8月15日をお盆の時期とするようになりました。

「お盆」という名称は、仏教の「盂蘭盆会」に由来しています。本来、「盆」は霊に供物を捧げるための器を指しており、この供物を捧げる行為が「盂蘭盆」と結びついたとされています。

現在でも一部の地域では、精霊を「ボンサマ」と呼ぶことがあります。

中華文化では、旧暦の7月を「鬼月」とし、道教の影響で七月初一に地獄の門が開き、七月十五日に閉じるという風習があります。台湾や香港、華南地方では、この時期に中元節として盛大に先祖崇拝が行われています。

お盆の正確な起源は不明ですが、かつては初春と初秋の満月の日に祖先の霊が訪れる行事がありました。

初春の行事は正月の祭りに、初秋の行事は盂蘭盆に結びつき、仏教行事として定着しました。日本では8世紀頃には夏に祖先供養を行う習慣が確立されていたと考えられます。

1600年代の『日葡辞書』には「bon(盆)」と「vrabon(盂蘭盆)」という項目があり、盆は旧暦7月14日・15日頃に死者のために行う祭りであると記載されています。

地域や仏教の宗派により、お盆の行事の形式は異なります。また、お盆の時期には地蔵菩薩の法会「地蔵盆」や大日如来を祀る「大日盆」なども行われます。

お盆は成句としても使われ、「盆暮れ」は年末年始と組み合わされて使われることが多く、「盆と正月が一緒に来たよう」という表現は、非常に忙しい時期や喜ばしいことが重なる様子を表す慣用句です。

盂蘭盆会とは

盂蘭盆会(うらぼんえ)は、旧暦7月15日を中心に7月13日から16日の4日間にわたって行われる仏教の伝統行事です。盂蘭盆やお盆とも呼ばれ、香港では盂蘭勝会と称されます。

この行事は、『盂蘭盆経』や『報恩奉盆経』に記された目連尊者の物語に由来しています。

目連尊者が餓鬼道に堕ちた母親を救うために供養を行った伝説がその起源です。もともとは仏教の行事ですが、唐代には道教の中元節と融合して現在の形となりました。

日本では、もともと旧暦7月15日に行われていましたが、新暦の採用により、新暦7月15日、一月遅れの8月15日、または旧暦7月15日に行われる地域があります。

この行事は、父母や祖霊を供養し、亡くなった人を偲ぶ機会とされています。

盂蘭盆という言葉は、サンスクリット語の「ウッランバナ」(ullambana)から来ているとされ、これは「逆さに吊るす」という意味です。

ただし、この解釈には、「盆」という語が「器」を意味する点で問題があります。

また、古代イラン語の「ウルヴァン」(urvan)が語源とする説もあり、これは「霊魂」を意味します。古代イランでは祖先の霊を祀る信仰があり、これが日本の祖霊信仰と結びついたとされています。

2013年、仏教学者の辛嶋静志氏は、盂蘭盆を「ご飯をのせた盆」とする新しい説を発表しました。

これは、『盂蘭盆経』に登場する「鉢和羅飯」(プラヴァーラ〈ナー〉飯)に由来し、旧暦7月15日に僧侶が自恣(プラヴァーラナー)を行う際に関連付けられるとしています。

古代インドではこの日に在家信者が僧侶にご飯を布施する行事があり、この行為が盂蘭盆の起源とされています。辛嶋氏は、「盂蘭」がご飯を意味する「オーダナ」の口語形「オーラナ」を音写したものであり、それをのせた「盆」が「盂蘭盆」であると説明しています。

盂蘭盆会の起源

盂蘭盆会は、中国の民俗信仰と祖先を祀る風習に、仏教の追善供養の思想が加わって成立した儀礼とされています。

旧暦の7月15日は、仏教では夏の修行期間が終わる「解夏」にあたり、道教では三元の一つである中元節にあたります。

この日、仏教僧は夏安居を終えるため、僧侶への供養と共に、父母や七世の父母の供養を行うことで長寿や餓鬼の苦しみから逃れる功徳が得られるとされています。

また、道教の中元節は、地官を祀り、魂を救済し災厄を除く行事で、仏教の盂蘭盆とほぼ同時期に形成されました。

元々、安居の終わりに人々が僧侶に飲食を供養する行事が、祖先の霊を供養し餓鬼に施す「施餓鬼」となり、さらに儒教の孝の倫理の影響を受けて、目連尊者が亡き母を救うための僧侶供養という伝説が加わったと考えられています。

盂蘭盆会の起源には、目連尊者の伝説があります。『盂蘭盆経』によると、神通力を持つ目連尊者が亡き母を探すと、彼女が餓鬼道に堕ちているのを発見しました。

飢えに苦しむ母に食べ物を差し出すも、全て口に入る直前に炎と化してしまいました。

悲しんだ目連尊者が釈尊に救いを求めると、「安居の最後の日に全ての僧に食べ物を施しなさい。

そうすれば、母親もその施しを受け取ることができるだろう」と教えられました。その指示に従って布施を行うと、僧たちは大いに喜び、目連尊者の母は餓鬼の苦しみから解放されました。

盂蘭盆会の歴史と習俗

中国

盂蘭盆会に関する最も古い資料は、竺法護訳の『般泥恒後灌臘経』や『仏説盂蘭盆経』、『経律異相』などがあり、仏教の儀礼として六朝時代の梁の頃には成立していました。

南宋時代の志磐が編纂した『仏祖統紀』によれば、梁の武帝が大同4年(538年)に自ら同泰寺で盂蘭盆斎を設けたと伝えられています。

『仏祖統紀』は梁の時代から約700年後に書かれたもので一次資料とは言えませんが、同時代の宗懍が撰した『荊楚歳時記』には、7月15日に僧侶や俗人たちが「盆」を営み法要を行うことが記されており、梁の時代にはすでに盂蘭盆会が行われていたことが確認できます。

唐代から宋代にかけて、盂蘭盆と施餓鬼、中元節が7月15日に行われるようになり、儀礼や形式、作法などにも共通性が見られるようになりました。

この時期に仏教と道教の行事が融合していったと考えられます。

南宋時代には、北宋の都である開封の繁栄を描いた『東京夢華録』に、中元節の賑わいが記されています。

ここでは、「尊勝経」や「目連経」の印刷物が売られ、「目連救母」の劇が上演される様子や、一般の人々が墓参りに出かけ法要を行う様子が描かれています。

ただし、中国の歴代王朝は仏教と道教を制度的に区別する政策をとっており、特に唐代以降は儒仏道の三教を互いに競わせる形で認めつつ、国家祭祀ではこれらを明確に区分する方針をとっていました。

日本

日本では、この「盂蘭盆会」は「盆会」「お盆」「精霊会」「魂祭」「歓喜会」などと呼ばれ、現在も広く行われています。

祖先の霊に供物を捧げる習慣が、現代の「お中元」の由来となっています。

古くは推古天皇14年(606年)4月に、毎年4月8日と7月15日に斎を設ける記述がありますが、これが盂蘭盆会を指すものかは定かではありません。

斉明天皇3年(657年)には、須弥山の像を飛鳥寺の西に造り盂蘭盆会を設けたと記録され、同5年7月15日(659年8月8日)には京内の諸寺で『盂蘭盆経』を講じ七世の父母を供養したとされています。

後に聖武天皇の天平5年(733年)7月には、大膳職に盂蘭盆供養をさせ、以後は宮中の恒例行事となり、毎年7月14日に「盂蘭盆供養」や「盂蘭盆供」が行われました。

奈良・平安時代には、7月15日に公事として行われ、鎌倉時代からは「施餓鬼会」も行われるようになりました。

明治5年(1872年)には、京都府が盂蘭盆会の習俗を風紀上の理由で停止を命じたこともありました。

現在でも長崎市の崇福寺などでは、中国式の盂蘭盆行事「(普度)蘭盆勝会」が行われています。

お盆の時期はいつ?地域で違いはあるの?

伝統的には旧暦7月15日がお盆の日とされていました。

しかし、明治6年(1873年)に新暦(グレゴリオ暦)が導入され、新暦7月15日を原則としてお盆を行うこととなりました。

ただし、日本の多くの年中行事が旧暦を基準にしていたため、季節が合わなくなる場合がありました。

特に農作業の多い地域では問題が生じ、そこでお盆の時期が地域ごとに異なるようになりました。多くの地域では新暦8月15日がお盆の日としている地域が多いです。

以下は、全国的に見られるお盆の時期です。

旧暦7月15日(旧盆)

沖縄・奄美地方など。旧暦による日程であり、年によっては9月にずれることもあります。

新暦7月15日(もしくは前後の土日)

東京など一部の地域では7月15日がお盆の日です。

ただし、他の地域では新暦7月15日となっているところもあります。これが広まらなかった理由は、明治政府の新暦採用が東京を中心に行われたためです。

新暦のお盆を東京盆と呼ぶこともあります。

新暦8月15日(月遅れ盆)

ほぼ全国的に多くの地域で行われ、盆休みに重なることがあります。その他にも8月1日などの日取りで行われる地域もあります。

なお、旧暦のお盆を旧盆と呼びますが、一部の地域を除いて、通常新暦のお盆は新盆とは呼びません。

お盆での準備ややることは?

お盆は、通常8月13日から16日までの4日間行われます。この期間には、先祖の霊が現世に戻ってくると信じられており、その迎えと供養がお盆の主な目的です。

お盆前の8月12日までの準備

お墓の掃除:お墓を綺麗に掃除しておくことが大切です。これは、お墓参りの前に家を掃除するようなイメージです。きちんと掃除して、お迎えの準備を整えましょう。

お供え物やお中元の準備:お墓参りにはお供え物が必要です。お花やお菓子など、お墓参り前に用意しておきましょう。また、お世話になった方にはお中元を送るのがマナーです。

お盆飾りの準備:ご先祖様を迎えるための飾りを用意しましょう。精霊馬や盆提灯など、必要な飾りを前もって準備しておくと安心です。

法要の準備:特に初盆の場合、法要を行うことがあります。お寺の僧侶を招いたり、参列者を招待したりするための準備を進めましょう。

お盆8月13日の行事

飾りを設置する:精霊馬や盆提灯などの飾りを設置し、お迎えの準備をします。

迎え火とお墓参り:午前中にお墓参りをして、夕方には迎え火を焚きます。これは、霊が迷わず家まで来れるようにするための役割があります。

お盆8月14日・15日の行事

おもてなし:盆踊りや会食、法要などを行い、ご先祖様をおもてなしします。お膳を供えるのも忘れずに。

お盆8月16日の行事

送り火とお墓参り:迎えた霊を見送るために、16日に送り火を焚きます。これも、お墓参りと合わせて行います。

迎え火と送り火について紹介

お盆の迎え火・送り火は、家の目印です

これは、1年に1度だけ家族が帰省するご先祖の魂が道に迷わないよう、玄関先で灯す目印を意味します。

迎え火は、ご先祖に家の位置を示すことを目的としています。一方、送り火は、「私たちはご先祖をしっかりと送り出しています」という証拠を示すために灯されます。

また、お盆の煙はあの世に届くと考えられています。そのため、送り火ではお供え物と一緒に燃やし、あの世への手土産としています。

お盆の迎え火はいつ行うのでしょうか? 迎え盆の夕方頃に行われます。一般的にはお盆初日の夕方から日没までですが、正確な時間はありません。

8月13日から15日の月遅れ盆の場合、迎え火は8月13日の夕方頃になります。

お盆の送り火はいつ行うのでしょうか? 送り盆の夕方から夜にかけて行われます。

特定の時間は決まっておらず、一般的には日が沈む夕方から20時頃までです。

月遅れ盆の場合、8月15日の17時から20時頃が目安です。家族が一年に一度帰省するご先祖様が長く家族と過ごせるよう、送り火は最終日の夜遅くに行われます。

また、ご先祖様が後ろ髪を引かれないように、お盆飾りはその日の内に片付けられます。

お盆の迎え火・送り火はどこでやるのが一般的なのか?

お盆の迎え火・送り火は、玄関先や門前で行います。

特に初日の「迎え盆」では、お墓参りをしてご先祖様を家まで案内する習慣がある地域では、迎え火を墓前で行うこともあります。

その他にも、玄関先や門前、墓前、ベランダなどで迎え火や送り火が行われます。最近では、集合住宅のベランダでの儀式も増えています。

もし迎え火を忘れてしまった場合は、お仏壇に手を合わせることで良いでしょう。

特に決まり事はないため、迎え盆当日であれば遅くても気づいた時に行うことができます。

その際には、遅れたことをお詫びしつつ、迎え火を焚くと良いです。現代では、少人数での儀式が一般的であり、家族や近隣の人々だけで行うこともあります。

迎え火と送り火の火はどこから灯すの?

迎え火・送り火の火は、元々は提灯の火をロウソクに移し、その火をオガラに付けて焚く風習がありました。

地域によっては、お墓が家の裏山や集落の菩提寺など、家から近い場所にあるため、お盆初日の迎え盆には提灯を持ってお墓参りを行い、その提灯の火を使って迎え火を焚くことが一般的でした。

しかし、お墓参りをしない地域では、先に自宅で迎え火を焚き、その火を盆提灯に移すこともあります。

現代では、火の安全性を考慮して電気式の提灯が増えており、また遠方にお墓がある家庭も増えているため、提灯を持ってお墓参りをする家庭は少なくなっています。

そのため、現代ではマッチやライターなどを使用して迎え火を焚く家庭も多いでしょう。

迎え火・送り火の火を使わない方法

現代では、火の安全性や近隣住民への配慮から、迎え火・送り火で火を使わない家庭が増えています。

ベランダなどでお盆の迎え火・送り火を行う家庭もありますが、集合住宅では煙が問題視されます。

1:火を使わないお盆の迎え火・送り火の方法には以下があります。

2:ロウソクで迎え火・送り火を模したり、盆提灯を使用する。

3:電気式のロウソクや盆提灯を代用する。

火を使わずに飾り付ける。

また、戸建て住宅でも十分な庭や敷地がない家庭が増えており、周辺の配慮が必要です。地域によっては、門前や玄関先までお仏壇の香炉を持参し、お線香を立てて迎えることも行われています。

お盆の迎え火・送り火の準備とやり方

現代では、お盆の迎え火・送り火ではオガラを使って火を焚くことが一般的です。

オガラは、麻の茎を剥いで内部を乾燥させたもので、灯明などに用いられます。迎え火や送り火の準備には、オガラのほかに焙烙(ほうろく)や盆提灯が必要です。

焙烙は、素焼きの底が浅い鍋で、昔は地面に直接火を焚くために使用されていました。

しかし、火の用心や残り火の問題から、現代では焙烙を使用することが一般的です。

お盆の迎え火・送り火の手順は次の通りです。

1:小さく切ったオガラを焙烙に乗せて火を付ける。

2:迎え火を焚き、盆提灯に火を灯す。

3:火が着火しやすいようにスキマを開けてオガラを重ね、注意して点火する。

迎え火はお盆初日の迎え盆で行われ、オガラを重ねて着火します。火が着火しやすいように気をつけながら、少量で点火することが重要です。

迎え火を終えたら、次に盆提灯に火を移します。

これは、ご先祖様を室内へ案内するための準備です。

月遅れ盆の期間中は、ご先祖様がご仏壇にいらっしゃるため、盆提灯に火を灯すことが習慣となっています。

地域によっては、玄関先に盆提灯を置く風習もありますが、現代では火の安全性を考慮して、火を灯した提灯を放置することは避けられるようになっています。

お盆の送り火の方法

お盆の送り火は、最終日の送り盆で行います。この日は、お盆の期間が4日間の場合は8月16日になりますが、どのような日程でも最終日の夕方頃が送り火を焚く時間の目安です。

送り火の手順は以下の通りです。

1:焙烙にオガラを重ねてセットします。

2:盆提灯の火をオガラに付けます。

3:送り火を焚きます。

4:盆提灯の灯りを消します。

送り火のやり方は、迎え火とは逆の手順です。迎え火では迎え火の火を盆提灯に付けますが、送り火では盆提灯の火を送り火のオガラに着火します。

ただし、電気式の盆提灯の場合は例外です。

送り火を終えたら、すぐに片付けましょう。

お盆の飾りつけを長くそのままにしていると、ご先祖様があの世へ帰れないとされます。

送り火は夕方以降から行われ、日が暮れてから迎え火を焚くことで、ご先祖様をできるだけ長い時間おもてなしするためです。

また、昔のお盆では送り火で盆提灯などを焚く地域もあります。

オガラはあの世へ供物を届けるため、お供え物をご先祖様に届けたい時にも送り火で焚かれます。

浄土真宗では、お盆の迎え火・送り火を焚きません。

この宗派では、人が亡くなってすぐに極楽浄土へ成仏するとされており、地獄の概念がないためです。

しかし、盆提灯を飾ったり、お盆行事を行ってご先祖様に感謝を伝えることはできます。

お盆は迎え火で始まり、送り火で終わる伝統的な行事であり、全国的なお盆行事では重要な役割を果たします。

また、最終日には各地で伝統行事が行われることもあります。

まとめ

お盆は、日本の伝統的な行事の一つで、先祖や亡くなった人々の霊が一時的にこの世に帰ってくるとされる期間です。

主に8月13日から15日の間に行われますが、地域によって異なる日程もあります。お盆は、以下のような要素で特徴付けられます。

迎え火・送り火: お盆の期間中に行われる迎え火と送り火は、先祖や亡くなった人々の霊を迎え入れるためと送り出すために焚かれます。迎え火はお盆の始まりであり、送り火は終わりを告げます。

墓参りと供養: お盆の期間中には、家族が墓地を訪れ、墓参りや供物を捧げます。供物には、食べ物や飲み物が一般的で、ご先祖様が喜ぶものを用意します。

盆踊りと行事: お盆の期間中には、盆踊りやさまざまな地域の伝統的な行事が行われます。これらの行事は、地域ごとに異なる特色を持ち、地域の絆を深める機会となります。

家族の集まり: お盆は家族が集まる機会でもあります。遠方に住む家族が帰省し、一緒に時間を過ごします。この期間は、家族の絆を再確認し、亡くなった家族や先祖に対する思いを共有する大切な時期です。

地域の文化や風習: お盆の風習は地域によって異なります。地域ごとに独自の伝統や行事があり、地域の文化を感じることができます。

お盆は、日本の文化や伝統の一部であり、家族や地域社会の絆を深める大切な行事です。