温泉と鉱泉の違いとは?

地下水が自然に地表に湧き出ている場所や、そこから湧き出る水を「泉(いずみ)」と呼びます。

その中でも、水温が高いものを「温泉」と呼び、そうでないものは「鉱泉(こうせん)」や「冷泉(れいせん)」と言います。

「温泉」と呼ばれる水温の基準は国によって異なり、日本では25度以上、アメリカでは21.1度以上、ドイツでは20度以上です。これより低い場合は「鉱泉」「冷泉」となります。

この定義によれば、25度未満の湧水は湯ではありませんが、低温の湯も存在します。

1948年に制定された温泉法では、治癒成分が含まれていなくても25度以上であるか、水温が低くても塩分・鉄分・硫黄など19種類の鉱物質のうち、どれか一つでも限界値以上であれば、広義には鉱泉も湯とされます。

しかし、一般的には「湯」と聞くと温かいものを想像するため、鉱泉の中でも25度以上を「温泉」と呼び、25度未満を「鉱泉」や「冷泉」と区別しています。

また、泉温(鉱泉が地上に湧き出たときの温度)によって細かく分類すると、25度未満は「冷鉱泉」、25度以上34度未満は「低温泉(微温泉)」、34度以上42度未満は「湯」、42度以上は「高温湯」と呼びます。

鉱泉とは?

地球環境省の鉱泉分析法ガイドライン(改訂」(2002年)では、鉱泉を次のように定義しています。

「地下から湧き出す温水または鉱水の泉水で、多量の固形物質や気体、または特別な成分を含むか、泉温が常に周囲の年間平均気温よりも著しく高いもの」というものです。

このガイドラインは物質の最低濃度などを規定しています。

温泉法による「温泉」は、二酸化炭素や硫化水素、ラドンなど地中から湧出する気体も含まれます。したがって、鉱泉は、温泉の定義の中で液体として湧出するものを指します。

鉱泉は、水中に溶けている物質の量によって、「低張性」「等張性」「高張性」に分類されます。

等張性の鉱泉は、物質濃度が人体の体液に近く、生理食塩水に相当します。

一方、高張性の鉱泉は成分が多く、一般的に刺激が強く感じられます。日本の温泉では、物質濃度の低い低張性のものが多いです。

環境省による「鉱泉分析法ガイドライン」によれば、鉱泉の定義は以下の条件を満たす必要があります。

地中から湧き出た泉水であること

たくさんの気体や固形物質、または特殊な成分を含むか、泉温が周囲の年間平均気温よりも著しく高いこと

これらの条件を満たすことが「鉱泉」として認められます。

たとえば、地下から湧き出る水が特定の成分を含んでいれば、それは鉱泉と見なされます。

また、特定の成分が含まれていなくても、泉の温度が周囲の平均気温よりも著しく高い場合、それも鉱泉とされます。

「鉱泉分析法ガイドライン」には、「療養泉」という記載があり、特に療養に適した鉱泉を指します。これらの鉱泉は非常に強力な効果があると考えられています。

温泉は「温泉法」によって定義されていますが、鉱泉は「鉱泉分析法ガイドライン」によって定義されています。

両者とも、特定の数値以上の物質が含まれているか、または泉の温度が25℃以上である必要があります。温泉は気体を含むのに対し、鉱泉は液体のみを含むという違いがあります。

かつて、地中から湧き出る水や成分が一括して「鉱泉」と呼ばれることがありました。

温度の高い鉱泉を「温泉」とし、温度の低いものを「冷泉」として区別する時代もありました。そのため、今でも多くの人が「鉱泉」と聞くと温度の低いものを想像する傾向があります。

温泉とは?

温泉とは、地下から湧き出る熱い水(温水泉)や、その湧き出した水を指す言葉です。この熱い水を利用した入浴施設や、それらが集まった地域(温泉街や温泉郷)も一般的に温泉と呼ばれます。

天然温泉とは、人工的に作られた温泉と対比される場合に使用される表現です。

温泉は、その熱源によって分類されます。火山のマグマを熱源とする火山性温泉と、地熱など火山とは無関係に地下水が加熱される非火山性温泉があります。

また、含まれる成分によって、様々な色や匂い、そして効能の異なる温泉が存在します。

日本では、「温泉法」という法律によって温泉が定義されています。

これによれば、温泉は地下から湧き出る温水、鉱水、水蒸気、その他のガス(ただし、炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)であり、以下の条件のいずれかを満たすものです。

泉源における水温が摂氏25度以上であること。(摂氏25度未満の場合は冷泉または鉱泉と呼ばれることがある。)

水温に関係なく、特定の成分が含まれていること。たとえば、溶存物質やリチウムイオンなどの19種類の成分のうち、いずれか1つ以上が一定量含まれている場合、または水蒸気やガスが含まれている場合、それは温泉とされます。

温泉の成り立ちとは?

自然に地熱によって温められた地下水が湧き出す場合や、人工的にボーリングによって湧出または汲み上げられる場合(造成温泉も含む)は、どちらも温泉法の要件に合致すれば温泉とされます。

温泉は、その熱源によって分類され、火山のマグマが熱源となる火山性温泉と、火山とは無関係の非火山性温泉に分けられます。

非火山性温泉はさらに、地下深くほど温度が上昇する地温勾配に従って高温となる深層熱水と、熱源が明確でないものに分かれます。また、特殊な例として、古代に堆積した植物が亜炭に変化する際の熱によって温泉となったモール泉が、北海道の十勝川温泉などに存在します。

火山性温泉は、もちろん火山の近くに位置し、火山ガス由来の成分を含んでいます。

深層熱水は、平野や盆地の地下深部にあり、しばしばボーリングによって取り出されます。これらは海水由来の塩分や有機物を含むことがあります。

非火山性温泉の中には、通常の地温勾配では説明できないほど高温のものが存在します(有馬温泉、湯の峰温泉、松之山温泉など)。その熱や成分の起源についていくつかの説が提唱されていますが、これらはすべて仮説の段階にあります。

地震による温泉の変動が見られることもあります。たとえば、飛越地震後に新たに泉温70度の温泉が噴出した立山の新湯や、東日本大震災後に泉温が上昇した割石温泉などがその例です。

日本の温泉文化と歴史を紹介

環境省によれば、2016年時点で日本には3038の温泉地があります(源泉数は2万7422)。

温泉はヨーロッパでは医療行為として主に捉えられていますが、日本では観光や娯楽としての側面が強いことが一般的です。

学校の合宿や修学旅行にも利用されるほか、湯治に訪れる客も依然として存在します。

近世以前

日本は火山が多いため、火山性の温泉が多く存在し、多くの温泉地には神話や開湯伝説が伝えられています。

これらの神話の多くは、温泉の神である大国主命や少彦名命にまつわるものです。例えば、日本三古湯の一つである道後温泉には、大国主命が速見の湯(現在の別府温泉)を海底から道後温泉へと導き、少彦名命の病を癒したという伝説が伝わっています。

また、古くから発見された温泉では、その利用の歴史が文献に残されています。

例えば、『日本書紀』や『続日本紀』、『万葉集』、『拾遺集』には、温泉が禊の神事や天皇の温泉行幸に使用されたという記録があります。

また、平安時代の『延喜式神名帳』には、温泉の神を祀る温泉神社の社名が記載されています。

日本の温泉旅館の中には、飛鳥時代に創業されたとされる「慶雲館」(西山温泉)、 「千年の湯 古まん」(城崎温泉)、 「法師」(粟津温泉)などがあり、世界でも最古級の宿泊施設として存在しています。

さらに、考古学の観点からは、塩を含む温泉に草食動物が集まり、それを狩る人々が集まり、温泉の周りで人々の活動が生まれ、日本の温泉文化が形成されたという説もあります。

近世以降

鎌倉時代以降、温泉は信仰の対象から医学的な活用へと変わっていきました。

鎌倉時代の別府温泉では、元寇の戦傷者が保養に訪れた記録が残されています。戦国時代の武田信玄や上杉謙信も、温泉の効能に注目しました。

江戸時代には、農閑期に湯治客が訪れるようになり、それらの客を受け入れる宿泊施設が温泉宿として発展していきました。

湯治の形態も長期滞在型から短期間のものへと変化し、現在の入浴形態に近づいていきました。

江戸時代には、貝原益軒や後藤艮山、宇田川榕庵らによって温泉療法に関する著書や案内図が刊行され、一般庶民にも温泉が親しまれるようになりました。

この時代には、一般庶民と幕府や藩主が入浴する施設が区別され、「町人湯」や「さむらい湯」と呼ばれるようになりました。各藩では湯役所が設置され、湯税の徴収などが行われました。

江戸時代には、正月の湯や寒湯治、花湯治、秋湯治など季節による湯治が一般化し、決まった温泉地に毎年訪れて疲労回復や健康増進を図る風習が広まりました。

また、湯治風俗も発展し、砂湯や打たせ湯、蒸し湯、合せ湯など、温泉の特性を生かした様々な入浴法が生まれました。

明治以降

明治時代以降、温泉資源の掘削技術の進歩により、温泉の利用が一層広まりました。19世紀末には、上総掘りというボーリング技術による湯突きが爆発的に普及し、温泉源泉をより効率的に採掘することが可能になりました。

この技術の導入により、大分県別府市などの温泉地では温泉の掘削が盛んに行われ、温泉資源の利用が大きく発展しました。

こうした歴史的な経緯から、日本の温泉文化は豊かで多彩なものとなっています。

神話や伝説に彩られた温泉地から、医療やリラックス、観光など様々な目的で訪れる人々が集まります。また、温泉地ごとに異なる泉質や効能があり、その特性を活かした湯治法や入浴法が発展しました。日本の温泉は、その長い歴史と多様性から、国内外の人々に愛され続けています。

世界の温泉事情とは

世界各地での温泉の利用は、主に入浴による体の休息、療養、楽しみ(泳ぐなど)、飲用、そして蒸気を利用する(サウナや蒸し風呂)という形態に分かれる。

入浴による体の休息は、湿潤な気候を反映した日本特有の文化であり、世界的には他に楽しみや療養、飲用、蒸すなどの形態が広く認識されている。

しかし、日本文化の影響や温泉文化の普及により、日本式の入浴が世界中で広まっている現象も見られる。

歴史的に見ると、温泉は紀元前3000〜4000年代にエジプトで既に利用されており、エトルリア人は源泉周辺に温泉施設を建設し、鉱泉を調査・管理する制度を持っていた。

古代ギリシャでは、温泉を病気の治療に利用し、その効能を神秘的な力と結びつけ、巡礼や治療の場として発展させた。

古代ローマ時代には、温泉とホテルを結びつけた保養施設がさらに進み、富裕層向けのリゾート施設から庶民的なものまでが造られた。

温泉町では娯楽施設が出現し、娯楽と享楽の場として栄えたが、ローマ帝国の衰退とともに廃れていった。

キリスト教は初期において、ローマ的な温泉信仰を根絶するために温泉施設を取り壊し、裸で浴槽に入ることを否定的に捉えた。

しかし、13世紀頃から東方の浴場情報が伝わり、温泉の医学的利用が再び始まり、15世紀には共同体が温泉管理に取り組み、温泉地は再び活況を呈した。19世紀後半には温泉療養リゾートの人気が再燃し、温泉町にはカジノや別荘が盛んに建設され、その人気は現代に至るまで続いている。

ヨーロッパの温泉文化

ヨーロッパには、チェコのカルロヴィ・ヴァリ、イギリスのバース、ベルギーのスパ、ハンガリーのブダペスト、ドイツのバーデン=バーデンなど、数多くの有名な温泉地が存在する。これらの詳細については後述の項目を参照されたい。

ヨーロッパの温泉地は、日光浴や新鮮な空気のもとでの保養地として発展してきた。

今でも、温泉水を飲んだり、決められた時間だけ温泉に入ったり、シャワーを浴びながらマッサージを受けたりすることが医療行為として認められている。

日本の温泉文化が入浴を中心に発展しているのに対し、ヨーロッパでは特に「温泉を飲む」こと、つまり飲泉が深く根付いている。

カルルス温泉の由来にもなったカルルスバードなど、有名な温泉地は飲泉のための施設が整っている。

15世紀までは入浴が主流であり、しかし、火山帯が少ないため湯量が少なく、泉温が低かったことから、温泉地の発展は進まなかった。

また、風紀の乱れや伝染病の蔓延などが入浴を否定的に捉えさせ、入浴習慣は衰退していった。

一方で、水質の悪さから温泉水を飲む習慣が生まれ、温泉地が瓶詰めされて販売されるようになった。

これが後に「温泉は飲むもの」という文化を生み出した。有名なエビアンやヴィシーなどもその一例である。日本でも、一部の炭酸飲料が炭酸泉水を原料としている。

この温泉水の飲用により、医療効果が確認され、飲泉と医学が結びついた。

この点で、日本の温泉文化とは対照的である。現在でも、温泉町として知られるバースやカルルスバートなどは、保養地としての発展を遂げており、温泉病院や老人施設なども整備されている。ヨーロッパでは、入浴用の温泉があまり一般的ではなく、その代わりに飲泉場や飲泉バーが設けられている。

一方で、バーデンバーデンやスパなど、入浴用として形成された温泉地も存在するが、日本のような「浸かる」という概念はあまりない。

ドイツのバーデンバーデンは、温泉を利用したリゾート地として発展し、共同浴場が設けられている。

温泉水の大浴槽で泳ぐことも可能であるが、水着を着用する。湯に浸かる際の男湯や女湯といった区別もなく、湯に親しむ場所として利用されている。

ヨーロッパの温泉文化は多様であり、バーデンやスパなどの保養地から、温泉水を飲んで療養する施設まで、さまざまな形態が存在する。

フランスの温泉文化

ローマ帝国の時代に、フランス各地に温泉施設が建設されました。

地名に「レ・バン」が付く場所は、古くから発展した温泉地です。

1605年、アンリ4世時代には、温泉鉱泉監督官制度が始まり、これがフランス初の国家による温泉政策となりました。

総監督には王の主治医が就任し、彼らが各地の温泉を管理しました。

貴族や王族による湯治が盛んになる一方で、貧困層向けの無料の温泉療養施設も整備されました。

1650年には、60か所の温泉地があり、1785年には100か所に増加し、源泉の数は1,000を超えました。

いくつかの温泉地では君主や王族、有名人が訪れることで名声が高まり、それに伴って施設も整備されました。

18世紀後半には、ホテルや病院などの建設が進み、温泉地はますます発展しました。

1772年には王立医学委員会(後の王立医学アカデミー)が設立され、温泉の総合的な調査と管理が行われました。

フランス革命後は、王政時代の監督官制度に代わって、温泉監督医制度が始まり、19世紀には保養と社交を兼ねた温泉地滞在が盛んになり、温泉地のリゾート化が進展しました。

1806年には、温泉地でのギャンブルが正式に許可され、カジノが設立されました。

産業革命により、交通や温泉町の整備が進み、富裕層も増加したことから、19世紀後半には温泉の観光化が急速に進みました。

また、皇族の温泉地滞在も盛んになり、温泉外交も頻繁に行われました。

20世紀初頭には、公認の源泉が約1,400、温泉リゾート地が130あり、カジノやミネラルウォーターの販売が温泉地の主要な収入源となりました。

第二次世界大戦後は、温泉療養が社会保障に組み込まれ、大衆化が進みました。

2000年代には、公認の源泉が約1,200、温泉地が約100か所あります。

これらの源泉は山岳地帯に集中しており、ピレネー、オーヴェルニュ、アルプス、ヴォージュなどにあります。

有名な温泉地には、エクス=レ=バン、エヴィアン=レ=バン、ダクス、ヴィシー、ヴィッテルなどがあります。

まとめ

温泉と鉱泉は、両方とも地下から湧き出る天然の水であり、健康やリラックスに利用されることがありますが、それぞれに特徴があります。

温泉

温泉は、地下深くで地中から湧き出る天然の温かい水です。

温泉の水は地下深くの地層で加熱された地熱によって温められます。

温泉の水温は一般的に高めで、体を温める効果があります。

温泉の水には、硫黄や塩分、ミネラルなどの成分が豊富に含まれている場合があり、これらの成分が健康や美容に良いとされています。

温泉地は、温泉の周りにリゾートや宿泊施設が整備され、観光地としても人気があります。

鉱泉

鉱泉は、地下深くで地中から湧き出る天然の水で、温泉よりも水温が低いことが一般的です。

鉱泉の水は、地下水が地層を通過する際にミネラル成分を含んで吸収したものです。

鉱泉の水には、硫黄、鉄、マグネシウム、カルシウムなどのミネラル成分が含まれています。

鉱泉は、ミネラル成分が豊富なため、健康や美容に良いとされています。特に皮膚疾患やリウマチなどの治療に効果があるとされています。
鉱泉地も温泉地と同様に、リゾートや宿泊施設が整備され、観光客が訪れる場所として人気があります。

温泉と鉱泉は、それぞれの特性に基づいて異なる効能を持ち、健康やリラックスに利用されています。